名古屋高等裁判所 平成6年(う)178号 判決
所論は,要するに,死刑の選択は,その罪責がまことに重大であつて,罪刑の均衡の見地その他から極刑がやむを得ないと認められる場合に限られるべきであるところ,被告人をして被害者A及び同Bに対する強盗殺人に追いやった背景には,生育歴等の環境的負因があること,各犯行時,容易に正常な判断をしがたい心理的状態に陥っていたこと,A事件は計画的な犯行ではなく,また,B事件については瞬時に生じた未必的殺意しかない偶発的な犯行であること,被告人には更生の可能性があることなどの諸事情を併せ考えると,A,B両事件のいずれについても死刑を選択し,被告人を死刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
そこで,被告人の犯行全体を時系列で検討すると,本件は,被告人が,
1 フィリピンに渡航してフィリピン在住の婚約者と結婚式を挙げる費用等に窮したことから,平成4年12月7日,一宮市内の道路に駐車中の元アルバイト先・会社役員の普通乗用自動車内から,給料袋に入っていた従業員11名の給料約156万円余等を窃取し,
2 フィリピンから1人で帰国したものの,仕事もせず,無為徒食の生活を送り,生活費等に窮したことから,職場の同僚1名と共謀の上,平成5年1月18日,同市内レストランの駐車場の普通乗用自動車内から現金約1万5,000円等を窃取し,
3 婚約者への送金や前記1の被害者への弁償金の支払いに迫られたことから,先輩のAを殺害して給料を強奪することを企て,同年2月16日午前1時30分ころ,同市内の同人の父方農機具小屋前の通路において,Aの頭部を金属バットで2回にわたり強打したが,即死に至らなかったため,同人を被告人の借家に運び込んで放置し,同日午後6時30分ころまでの間に,右暴行に基づく脳挫傷により死亡させて殺害した上,現金約4000円を強取し,
4 Aの死体を普通乗用自動車のトランクに入れ,高速道路の高架下に隠していたことから,足代わりに,同月17日,同市内の市営住宅の通路に置いてあつた自転車等を窃取し,
5 前記3の犯行を隠蔽するために,同月19日午前2時ころ,愛知県祖父江町所在の通称馬飼大橋の橋上から,左足首にコンクリートブロックをロープで結びつけたAの死体を,木曽川の河中に投棄して遺棄し,
6 再び婚約者への送金の必要に迫られたことから,深夜営業の屋台ラーメン店から売上金を窃取することとし,店主に顔を見られたりしたときには同人を殺害してでも売上金を強取することを企て,同年3月3日午前3時30分ころ,一宮市内のBの経営する屋台ラーメン店「三平」前駐車場において,同所に停めてあった同人所有の軽四輪貨物自動車ごと売上金を窃取しようとしたが,同人に見つかり,顔を見られたことから,当初の計画どおり,同人を殺害して売上金を強取することを決意し,同人の頭部を所携の金属バットで力一杯殴打して昏倒させ,瀕死の状態に陥らせた後,同所付近の路上で右車両内にあった現金約13万5,000円を強取した上,犯行を隠蔽するために,同日午前5時ころ,前記馬飼大橋の橋上から,すでに死亡したものと思い込んでいた同人を,左足首にコンクリートブロックをロープで結びつけた状態で,木曽川の河中に投棄し,その後間もなく,同人を右河川の水流の中で前記暴行に基づく脳挫傷等により死亡させて殺害し,
7 右のA,B両名の怨念への恐怖を酒で紛らわそうとしたものの,金銭に窮していたことから,同月17日,一宮市内の酒店倉庫からブランデー23本を窃取し,
8 前記1の被害者の追及等から逃れるために乗り回していた普通乗用自動車のガソリンが切れると,駐車車両からガソリンを抜き取ることを繰り返していたが,同月25日午前4時20分ころ,愛知県稲沢市内の公団住宅の駐車場の普通乗用自動車からガソリンを窃取するため給油口キャップを取り外そうとしていたところを,右車両の持ち主に発見され,つかまえられそうになったことから,これを免れるため,同人の顔面や頭部等を手拳で多数回殴打するなどの暴行を加え,入院加療約2か月を要する下顎骨骨折の傷害(知覚麻痺の後遺症を伴うもの)を負わせ,
9 婚約者が再び来日し,茨城県下のクラブで働くようになったとの連絡を受け,同女に会いに行く旅費等を充てるため,同月27日,連続して2回にわたり,一宮市内の居酒屋の店舗兼住宅から,現金約5万円等を窃取した,という事案であるところ,本件の量刑に当たっては,前記3(A事件)及び6(B事件)の2件の強盗殺人が最も重要であることはいうまでもないから,以下においては,右の各事件を中心として判断を示すこととする。
まず,被告人が犯行に至つた経緯,動機等は,要するに,婚約者から10万円の送金を求められたが,送金先の銀行名を間違え,同女に送金が届かなかったため,再三にわたる催促を受け,次第に同女が被告人を疑う素振りまでみせるようになり,あげくは他の人に相談して送金してもらうと言われるに及んで,送金しなければ同女が他の男性に心変わりし,同女との結婚も駄目になるとの焦慮にかられたことから,給料日に先輩のAをねらい,同人を殺害して給料を強奪することを企て,これを実行したものの,予想に反して現金約4000円しか入手できず,かつ,婚約者からまたしても送金を催促され,何としてもその約束を果たさねばならないと考えたことから,被告人の借家の近所で,深夜,1人で営業している屋台のラーメン店からの売上金窃取を思いつき,顔を見られたりした場合には店主を殺害して売上金を強奪することもやむを得ないと考え,これを実行し,さらに,犯行を隠蔽しようとして,Aの死体及び死亡したものと思い込んだBを,それぞれ木曽川に投棄した,というものである。
婚約者と前夫との間の子をも含めた家族との関係を保つためには,何としてでも送金の約束を果たさなければならないと考えたという被告人の同女への愛情は,もともと自己の経済的能力も考えないまま,結婚式の挙行など無計画に事を進める一方,ろくに仕事もせず,窃取した金員で当座をしのぐなどのきわめて不健全な生活態度を基盤とする脆弱で盲目的なものであり,送金等のための金員に窮するに至ったことも自ら招いた破綻であるだけではなく,同女が購入した家の内装工事費に充てるというたかだか10万円程度の金のために,1人ならず2人までも,かけがえのない人命を奪おうとしたもので,身勝手きわまる短絡的で無思慮な犯行であるのみならず,同女の歓心を買うためには人の生命すら意に介しなかったものであって,被告人の生育歴等を考慮しても,犯行に至る経緯,動機に酌量すべきものは何ら見出せない。
次に,犯行の態様等についてみるに,A事件にあっては,あらかじめ軍手や金属バットを用意した上で犯行に及んでおり,B事件にあっても,深夜,1人で営業している屋台のラーメン店にねらいをつけ,A事件と同様に軍手や金属バットを準備して犯行に臨んだものであり,いずれも計面的犯行というを妨げないこと,エンジンの調子をみてもらいたいという被告人の申出が殺害へのおびき出しであることなど夢想だにせず,これに快く応じてエンジンルームをのぞき込んでいたAの頭部を背後から金属バットで力一杯殴りつけ,さらに転倒して苦悶している同人の頭部を再び右バットで強打してとどめを刺そうとし,また,被告人に蹴りつけられてしりもちをついた状態のBの頭部を右バットで力一杯殴りつけて,致命傷を負わせたもので,被害者両名の解剖結果をみても,被害者らの頭部に加えられた打撃がきわめて強力なものであったことがうかがわれ,非情かつ残酷な加害態様であること,瀕死の状態のAを借家内にシートに包んで長時間にわたり放置し,苦悶の末に死亡させた上,犯行を隠蔽するため,浮かび上がらないよう死体にコンクリートブロックを結びつけて木曽川に投棄し,また,すでに死亡したものと思い込んだ瀕死の状態のBについても,同様にして木曽川に投棄し,間もなく河中で死亡させているところ,Aの死体は約1か月半後に,Bの死体は約3週間後にようやく発見されたが,いずれもむごたらしい状態を呈していたこと,などの事情に照らすと,犯行の態様等も悪質きわまりない。
さらに,犯行のもたらした結果等についても,被害者Aは,当時26歳で仮枠大工として精勤しており,近い将来には独立することも期待されていた青年であり,職場の後輩である被告人に対しては,その所有する普通乗用自動車を貸与し,無断欠勤を続けていた被告人の復帰の口利きをするなどの便宣,助力を与えていたもので,被告人からねらわれるような筋合いはまったくないにもかかわらず,給料目当ての被告人の犯行により命を奪われ,将来の希望も無残に断たれたもので,その無念さは察するに余りあり,2人の娘を嫁がせた後,農業の後継者としても頼りとしていた1人息子を突然奪われ,悲しみの余り体調を崩し,老後の不安すら抱えるに至った老齢の父母の置かれた状況は痛ましく,深い同情を禁じ得ないものがあり,また,被害者Bは,当時58歳で,10数年前に染色工を退職して屋台のラーメン店を営業するようになり,好きな釣りもやめて,定休日以外は毎日午前2時過ぎまで身を粉にして仕事に打ち込み,営業も順調で,昭和60年ころには自宅を購入し,長女が結婚した後は,妻と次女との3人で平和な家庭生活を営んでいたにもかかわらず,一面識もない被告人の売上金目当ての犯行により殺害され,楽しみにしていた長女の2番目の孫の出生や次女の嫁ぐ姿を見ることもかなわなくなったもので,同人の無念の思いは計り知れず,文字通り一家の大黒柱の夫であり,父であった被害者の無事に一縷の望みをつないでいたにもかかわらず,無残な姿に対面させられた妻や娘たちが受けた衝撃と悲嘆の深さは察するに余りあるのであって,上記のように,何ら落ち度のない被害者2名の貴重な人命を,わずか半月余りの間に次々と奪った結果の重大,深刻さや,家庭を崩壊させられた遺族らの被害感情は,本件の量刑を考えるに当たって重視されなければならない。
また,犯行後の行動についても,被告人は,犯行を隠蔽するために,前記のとおり,Aの死体やBの身体に,コンクリートブロックの重しを付けて木曽川に投棄したほか,A事件では,犯行当日も勤務先に出勤して怪しまれないようにしたり,Aの血が染み込んだ普通乗用自動車のシートを,盗み出したシートと交換して焼却したり,トランクルームをスプレー塗料で塗り変えたりし,B事件についても,犯行後,直ちにコイン洗車場でBを運んだ軽四輪貨物自動車内に残った血痕を拭き取ったり,同人の帽子等を捨てたりするなどして証拠の隠滅を図っていたこと,さらに,被告人は,B事件を敢行した後も,前記7ないし9のとおり,窃盗や強盗致傷の犯行を繰り返していたこと,などの事情が認められるところ,これらの事情も軽視することは許されない。
所論は,被告人が,その生育歴,家庭環境,父母の被告人への対応その他の環境的負因の影響を受け,被告人の家庭にはなかった暖かな家庭生活こそが絶対的な価値を有するものと考えるに至っていたものであり,これに値するものと考えられた婚約者との関係を保ち,同女の前夫との間の子を含む家族を守ることが自分に課せられた唯一,絶対の価値と信じており,容易に正常な判断をしがたい心理状態に陥っていたために,強盗殺人の各犯行を重ねたものであるから,このような環境的負因や被告人の心理状態は,十分斟酌されるべきである,と強調する。
しかし,父母の別居,離婚や高校進学・卒業時に希望する学校への進学を断念させられたことなどが,被告人に少なからぬ衝撃を与え,大学まで卒業した兄との比較において,差別されたとの意識を抱かせ,社会人になってからも不安定な心理状態に陥らせ易かったことがうかがわれるとしても,所論のいうような環境的負因が被告人の人格,性格に重大な偏りを与えたとまでは認められないことは,婚約者と出会うまでの被告人に特段の問題行動はなかったこと,及び高校時代から社会人になった以降も,数人の女性との交際があったことのほか,当審における事実取調べの結果,ことに被告人の兄に対する受命裁判官の尋問調書及び被告人の母の証言からうかがえる被告人の家庭環境等に照らし明らかであり,また,A,B両事件前後の被告人の行動に照らせば,その当時,被告人が,婚約者及びその家族の生活を守る使命感等に囚われ,自らの犯罪行為についての正常な判断を期待しがたい異常な心理状態にあったと認められないことも明らかであるから,所論は採用できない。
もっとも,本件においても,被告人のために斟酌すべき事情として,強盗殺人を計画し,確定的故意をもって臨んだA事件についても,実際に犯罪を実行するまでには少なからずためらいの気持ちを抱き,また動揺があったこと,B事件については,当初から強盗殺人のみを計画していたのではなく,できるならば売上金を窃取することですませたいとの気持ちを持っていたこと,犯行直後のいささか場当たり的な一面もある被告人の行動をみると,A,Bの両事件について,被告人が,犯行後の行動をも含めた周到な計画に基づき,これを冷徹に遂行したものとまでは認めがたいこともB事件の約1週間前に犯行現場に赴いてその機会をうかがった際,A殺害の情景を思い出して嘔吐したり,Bを殴打した後,瀕死の状態の同人の姿を見て,いったんは同人を病院に送り届けることを考えたり,B事件を敢行した後の平成5年3月14日ころには,被害者両名を投棄した馬飼大橋に赴いて両名の冥福を祈ったりするなど,人間の生命に対する畏敬の念や心の痛みをまったく失っていたものではないこと,カードローンで借り入れた金員による婚約者への当初の送金が,送金先の銀行名を間違えて届かなかったため,同女からの送金の催促を招くという不幸な事態が介在していたこと,被告人は,各犯行の当時未だ23歳と若年であったこと,道路交通法違反による罰金以外に前科はないこと,被告人は,本件各犯行が発覚して逮補された後は,すべての事実について素直に捜査機関に供述するなど反省の態度を示しており,とくに,一審判決後においては,殺害した被害者両名に対する謝罪の気持ちをより真摯に表し,毎朝読経するなど反省と悔悟の念を深めていること,などを認めることができる。
しかし,以上に検討した被告人に有利,不利な一切の諸事情,とくに,被告人のために酌むことのできる諸情状をできる限り考慮し,死刑の適用により慎重な近時の裁判例をふまえて検討しても,前記のような本件各犯行,とりわけA,B両事件の罪質,態様及び結果の重大性等に照らすと,被告人に対し,死刑をもって処断することとした原判決の量刑は,まことにやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるということはできない。
量刑不当の各論旨も理由がない。